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2026年5月21日
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失敗の記録 — なぜ私は、割れたガラスを残すのか
実験ブログ / 観察 / FLOW
私の作業場には、割れたガラスや、思ったとおりにならなかったかけらが、けっこうな数で残っている。捨てればいいのに、捨てられない。むしろ、わざと取ってあるものもある。
うまくいかなかったガラスは、たくさんのことを教えてくれる。どこから割れたのか。表面はどうなっているのか。濁りはどこに出たのか。割れ目の入り方を見ているだけで、冷やし方が急すぎたのか、形に無理があったのか、だいたい見当がつく。失敗は、責めるものじゃなくて、読むもの。
不思議なもので、うまくいったときほど理由がよくわからない。なんとなく流れがよくて、気づいたらきれいに焼けていた、みたいなことが起きる。ところが失敗は、原因をはっきり見せてくれる。だから私は、成功した一個より、失敗した一個から多くを学んでいる気がする。(成功も嬉しいんだけどね。)
私はもともと、ガラスのポテンシャルを引き出すこと自体が楽しくて、ものを作っている。だから私にとっての作品は、完成形というより、探究の「痕跡」に近い。失敗したかけらも、立派な痕跡のひとつ。だから、残す。つまずいたところも一緒に置いておく。失敗が残っているほど、なんだか豊かな気もしてくる。

