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2026年5月21日
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ガラスは、固い液体?
化学コラム / ガラス / 観察
「ガラスは、固い液体。」けれどこの言葉は半分は本当で、半分は誤解。結論はまだ出ていないらしい。今日は、その境目の話をします。
「流れる」という誤解
「中世の教会の窓ガラスは、下のほうが厚い。何百年もかけて、ガラスがゆっくり流れ落ちたからだ」という話。なんとも詩的。
でも、これは誤り。当時のガラスは手作業で作られ、もともと厚みにムラがあった。それを職人が、厚いほうを下にして窓にはめただけのことだと思う。常温のガラスは、私たちが生きているくらいの時間では、流れない。
なぜ「液体」と呼ぶのか
これが面白いところ。ガラスは「流れる」から液体的なのではなく、「液体の姿のまま固まった」から液体的と言える。
多くの固体——たとえば氷や金属——は、原子が規則正しく並んだ結晶。きちんと整列している。けれどガラスは違う。溶けてバラバラに動いていた原子たちが、整列しないうちに冷やされて、動けなくなる。乱れたまま、止まる。
だからガラスには、結晶がない。(最近は結晶化ガラスもある)あの透明さは、原子が整列しなかったことの証。整いきらなかったからこそ、光がまっすぐ通り抜けていく。
私がガラスに惹かれるのは、たぶんこの「止まった流れ」の手ざわりと捉えた時間軸。
窯のなかで、ガラスは流れます。温度が下がるにつれて、その流れは少しずつ重くなり、やがて止まる。どこで止まるかは、冷まし方次第。同じガラスでも、温度の下げ方を変えれば、止まる表情が変わってくる。私の制作は、その「止まり方」と遊んでいるようなものかもしれない。
「固い液体」は、科学的には少し不正確な言い方。でも、ガラスのなかに流れの記憶が閉じこめられている——その感覚は、たしかに本当だと、私は思っている。

